文化財愛護協会長を務める郷土史研究家の白石 哲夫さんと、市内に残る石仏や石碑をめぐる小さな旅へ。まちに息づく歴史や物語にふれてみませんか。
馬頭尊碑群(平野)
道路の片隅でよく見かける馬頭尊は、野仏の中でも最も数が多く、市内では 362 体が確認されています。馬は、農耕や運搬などに欠かせない存在だったため、「身上柱」と呼ばれ、大切に扱われていました。
今回紹介するのは、県道 56 号線沿いの平野地区にある馬頭尊碑群です。旧泉中学校から約 500m 北上したところに、67 体の馬頭尊が並んでいます。これほど多くの馬頭尊が 1 カ所に並んでいるのは、県内でも珍しいといわれています。最も古いものは文化 3(1806)年のもので、大半は明治・大正時代に造られたものです。
なぜこの場所にこれほど多くの馬頭尊が並んでいるのでしょうか。その理由には、目の前を通る道路が深く関係しています。ここから約 12km 上った高原山一帯では、明治 40 年代から昭和 30 年代にかけて、大規模な薪炭事業が行われていました。そこで焼かれた炭は、馬の背に積まれて矢板駅まで運ばれていたのです。その運搬を支えた大切な馬が亡くなると、人々はその供養のために石仏を奉納しました。こうして、この場所には馬頭尊が 1 体、また 1 体と建てられ、現在のような馬頭尊碑群になったのです。
