キリシタン遺物の紹介
今回は、前回(2月号)に引き続きキリシタン遺物について紹介します。
十字架碑
昭和56年(1981)に上之郷地区小原の白山神社で、正月の祭礼準備に来ていた人と御嵩町文化財調査委員(当時)とが神社を調査した際に、神札が幾重にも貼り付けられて、外見上は白い和紙で完全に覆われている細長い石を発見しました。調査委員が神札を洗い落とすと、ラテン式十字架が刻んである長さ約32cm、最大幅約8.5cmの細長い三角形の黒石が出てきました。この石は頂点が丸くなっており、この部分を頭とした人型にも見えます。
南無阿弥絶仏碑
現在は廃寺になっている幸福寺の跡地(上之郷地区謡坂)には古い墓碑や石像物が多く残されている場所があり、その中に高さ約166cmの石造卒塔婆が建っています。正面に「南無阿弥絶仏」、側面に「享保三年戌十月吉日」と刻まれています。日付については、幸福寺が廃寺となったのが寛文4年(1664)なので、享保3年(1718)とあるこの碑は幸福寺が廃寺になった後に建てられたと考えられます。
刻んである「絶仏」の文字に関しては、仏を絶つという意思表示という説、仏が絶たれたという廃寺を表す文言だという説、イエス・キリストがゼズ・キリシトと書かれている書が町外で見つかっていることから絶仏=ゼズ仏で、「イエスという神」という意味を持つという説などがあります。
マリア観音像
平成2年(1990)、地元の人々と御嵩町文化財調査委員(当時)が、傾斜が進んで倒れそうになっている南無阿弥絶仏碑を立て直そうとして、基壇下左奥の隅に敷かれている扁平な石を取り除いたところ、その下から長さ約7.3cm、幅約3.5cm、厚さ約1.2cmの黒い石が発見されました。この石には聖母マリアと思われる姿が刻まれており、キリシタンと関係があるかどうかが曖昧だった南無阿弥絶仏碑がキリシタン遺物だと認定されるきっかけとなりました。
今回は3点のキリシタン遺物を紹介しました。中山道みたけ館では、十字架碑とマリア観音像は実物を展示、南無阿弥絶仏碑は写真で紹介しています。
次回(6月号を予定)も御嵩町で発見されたキリシタン遺物を紹介したいと思います。
問い合わせ:生涯学習課 文化振興係 担当:勝川
電話:67-7500(中山道みたけ館)
