市内には、国や県、市が指定した文化財がキラ星のごとく光り輝いています。このコーナーでは、数ある文化財の中から代表的なものをシリーズで紹介します。
長浜市指定文化財
石田三成大沢村九ヶ条掟書 一巻 安土桃山時代
指定日:平成18年3月31日
近江国坂田郡石田村(長浜市石田町)出身の石田三成は、北近江の領主となった羽柴秀吉に見出され、小姓として秀吉を支える中、文禄四年(一五九五)、三成は佐和山城主として、湖北四郡(伊香・浅井・坂田・犬上)を与えられます。
本書は、佐和山城主となった三成が伊香郡大沢村(長浜市木之本町黒田)に出した掟書です。五枚の紙を貼り継いでおり、横の長さは二メートルを超える非常に長い文書です。この大沢村宛のものをはじめ、三成は文禄五年(一五九六)三月一日付で、佐和山領内の村々に一斉に掟書を発布しています。これらの掟書は十三ヶ条のものと九ヶ条のものの二種類に大別でき、前者は三成が直接治めた地域、後者は三成の家臣が担当した地域に向けて出されました。労働義務の賦課基準や年貢米を包む俵の形の指定などに細かな相違は見られますが、いずれも内容はほぼ共通しています。
これらの掟書では、検地帳に記載された者への耕作権の保障や、その年の収穫量に影響されやすい年貢率の決定方法、百姓の直訴権など、領民に関わる権利や義務負担が整理され、百姓にも理解しやすいように漢字仮名交じりの文章が用いられています。
さらに、三成は、慶長三年(一五九八)に筑前(福岡県)の地に代官として「条々」を出しており、その内容が佐和山領内の掟書の内容と共通する点が指摘されています。そのため、北近江での統治経験が、九州地域の支配体制にも活かされたことがうかがえます。
このように、豊臣政権の年貢徴収方針を基盤に、領内状況を踏まえて領民の権利と義務を明文化し、統治体制を整備するという三成の手腕は、政権中枢を担った彼の実務能力の高さを示すものでありました。
問:長浜城歴史博物館 ☎63-4611
