応永8年(1401年)の鶴田合戦の戦没者を供養するために建てられたと伝わるもので、大きさは高さ3.3メートル、幅0.82メートルあります。本来は、現在地よりも下流にありましたが、大正初めの洪水で広瀬橋付近まで流されたため、一度は元の位置へと戻されました。その後、耕地整理や河川工事に伴い、現在の場所に移設されました。石塔の基部には僧侶の名前とみられる人名が彫られており、胴部には4面に梵字が刻まれています。現地に行くと、四方を田んぼに囲まれた平穏な土地に、静かにたたずむ様子を見ることができます。
問 総合政策課 地域振興係
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