市内には、国や県、市が指定した文化財がキラ星のごとく光り輝いています。このコーナーでは、数ある文化財の中から代表的なものをシリーズで紹介します。
長浜市指定文化財
史跡 北国脇往還(ほっこくわきおうかん)史跡
指定日:昭和54年5月1日
北国脇往還(ほっこくわきおうかん)は、中山道(なかせんどう)の関ヶ原宿から伊吹山・小谷山の麓を通り北国街道・木之本宿へと通じる街道です。東海地方と北陸地方を最短で結ぶ道として、古代では壬申の乱、戦国の世には、姉川・賤ヶ岳・関ヶ原の合戦など様々な歴史の表舞台に登場してきました。約35kmの道で、旅人が歩くと、およそ一日の行程となり、多くの旅人や荷物、大名行列がこの街道を行き交いました。
北国脇往還と呼ばれるようになったのは、明治時代に入ってからとされ、江戸時代には「越前道、北国海道、北國道、江戸道」などと呼ばれていました。詳細な地図がない時代、見知らぬ土地を歩く旅人にとって、迷わずに目的地へたどり着くための道案内が不可欠でした。そのため街道沿いには、江戸時代の後半期から道標と呼ばれる道しるべが建てられました。これらの道標が指し示す行先は、都市名や近隣集落名のほか、寺社名が多いのが特徴です。観音霊場の札所巡りや伊勢参りなど、庶民の旅が盛んになったことで、各地に道標が整備されました。
一方、湖北地域は、北国脇往還によって東海、さらには江戸と結びついていました。そのため北国脇往還沿いの道標には、関ヶ原、名古屋、江戸を示しているものもあります。
長浜市八島町と野村町に残る道標は、現在の集落内の細い道路が、かつては北陸と関東を結びつける幹線道であったことを示す貴重なものです。八島町の道標には、「左 江戸道」「右 越前道」と刻まれ、野村町の道標には、「右 北國道」「左 江戸谷汲」と刻まれていることから、旅人たちの江戸への道しるべであったことがわかります。このように街道の歴史的景観を彩る道標は、ふるさとの原風景の一つとして、往時の風情を残しています。
問 浅井歴史民俗資料館(電話 74・0101)
