六ヶ所村では、毎年1月に「六ヶ所村民俗芸能発表会」を開催している。村内には、平沼神楽保存会(写真①)を始め、集落ごとに11もの神楽保存会が活躍していた。当地方では獅子頭を神様の化身である「権現さま」と称し、神々の依り代とする。この権現さまをアソバセル(*1)のが権現舞や獅子舞で、お正月の門打ちで家内安全・無病息災・五穀豊穣・商売繁盛などを祈禱する民俗芸能としてこれまで盛んに行われてきた。
村内には権現信仰の他、特に盛んに信仰されたものに稲荷信仰がある。かつて稲荷さまを祀っていた神社や屋敷内の小さな祠である屋敷稲荷(*2)が26宇あり、そのうち「正一位」(*3)を冠した屋敷稲荷が5宇もあった。江戸時代には京都吉田家や白川家による稲荷勧請(*4)が全国に広がり、商人や農民の間で正一位稲荷神社が増加した歴史的な背景があり、この六ヶ所村も同様な広がりを見せていたことが分かる。
では、江戸時代において、これらのさまざな信仰はどのようにして村に広がっていったのか。その理由の一つとして、江戸時代に伊勢参りや金毘羅参りをしていた人の記録が挙げられる。尾駮の角家には、『文政2年(1819)伊勢参宮道中記』が所蔵されていて、それは総距離約2,600kmを超える122日間の長旅の記録であった。旅費がかかるため村人でお金を出しあい、代表者数人を送る「代参講」で参詣していたようである。これにより、全国の最新情報や信仰が、人から人へ伝わっていたことが分かる。
郷土館には、村民が全国の寺社をめぐっていただいてきた護符が多数残されている。企画展「風習がつなぐヒトとヒト」(9月27日まで)で、展示紹介している。
- (*1)アソバセル:神々をもてなす・活動させる
- (*2)正一位:神様に与えられる最高位のこと
- (*3)屋敷稲荷:個人の敷地内に祀られたお稲荷さんの祠のこと
- (*4)稲荷勧請:有名な神社の神様の分身(おみたま)を分けてもらうこと
写真提供 協力 / 鈴木 浩さん
風景や動植物、歴史など後世へ残したい六ヶ所村について掲載します。
