平戸市の自然や文化、歴史的遺産の魅力を紹介
問合先
文化交流課文化遺産班 ☎22-9143
なぜ城は燃えたのか
今から約400年前のある晩、平戸の夜空が赤く染まりました。1613年10月2日、日の岳城(平戸古城)が火災で一夜のうちに焼失してしまったのです。
この大事件について、当時平戸に滞在していたイギリス商館員のコックスは、初代藩主・松浦鎮信(法印)が自ら火を放ったらしいという噂を書き残していますが、火元や出火原因の真相は分かっていません。
もし鎮信の放火だとすれば、なぜ城を焼き払ったのでしょうか?その動機として、建築を断念したためとする説や、江戸幕府へ従う姿勢を示すためだったとする説などがあります。特に後者は、豊臣氏との関係が深かった松浦家の立場とも関連付けられますが、確証はありません。
いずれにせよ、造ったばかりの日の岳城は火災で失われました。そして、その火災に鎮信自身が関わった可能性が高いのです。
なぜ城は燃えたのか。今も平戸の歴史に残るミステリーの1つです。
