文化財愛護協会長を務める郷土史研究家の白石 哲夫博士と、市内に残る石仏や石碑をめぐる小さな旅へ。まちに息づく歴史や物語にふれてみませんか。
境が峯の不動尊(針生)

県道52号を沢方面へ進み、成田ハッピーハイランドを過ぎると、左手にブロック造りの擁壁が続きます。その途中に現れる石段を上り切った場所が、「境が峯」と呼ばれる所です。ここには現在、3体の地蔵尊が静かに祀られています。
戦国時代、この地は塩谷氏と那須氏の勢力の境界に位置し、見晴らしの良い場所であったことから、両家が激しい攻防を繰り広げたと伝えられています。
この地蔵尊には、一つの悲しい伝承が残されています。当時、この地は那須氏の一族である佐久山 義隆の領地でした。義隆の妻と、大関・福原・大田原の各城主は兄弟姉妹で、ある日、この地に集まり祝宴を開きました。しかし、その最中に領地を巡る争いが起こり、義隆は命を落としたといわれています。戦国の世とはいえ、あまりにも痛ましい出来事でした。後世、この出来事を哀れんだ家臣たちが義隆の冥福を祈り、供養のために3体の地蔵尊を建立したと伝えられています。今も静かにたたずむ地蔵尊は、戦国の争乱と、それを悼む人々の想いを今に伝えています。
