「この場所を、なんとかしたい」。 そんな真っ直ぐな想いから始まった、宮川小学校の子どもたちによる挑戦。
かつては「年間30日間しか開かない博物館」とも呼ばれ、静かに時を刻んでいた飛騨みやがわ考古民俗館に、今、子どもたちや全国から応援してくださる方の手によって新しい風が吹き込まれ、確かな変化が起き始めています。
開館30周年、山間部の記憶を刻む拠点
皆さんは「飛騨みやがわ考古民俗館」に行ったことがありますか?
宮川町塩屋にある「飛騨みやがわ考古民俗館」は、1995年に完成し、2025年で開館30周年を迎えました。実はここは、全国のみならず、近年はモンゴル、ロシア、ニュージーランド、台湾、韓国の研究者らが訪れる「お宝」が眠る場所です。
圧倒的な収蔵数にみる、先人たちの歩み
収蔵資料は、国重要有形民俗文化財「宮川および周辺地域の積雪期用具」2,800点を含む民俗資料が約1万6,000点。そして、旧石器時代から縄文時代までの考古資料が約4万点と、圧倒的な規模です。
特に、縄文時代の祈りのための石製品「石棒」1,074本が出土した塩屋金清神社遺跡に隣接する立地は、その収蔵量とともに全国に誇るべきものです。かつてこの地が「祈りの道具」の一大製作拠点であったことを物語る、タイムカプセルのような施設です。山間部で生きてきた人々の知恵と歴史が、この場所に凝縮されています。
「伝える人」がいなければ、この歴史は消えてしまう
「伝えたい」という熱意で、子どもたちがガイド
この場所の価値を自分たちの手で守ろうと、宮川小学校の子どもたちが挑戦したのが、来館者への「展示ガイド」でした。令和6年度は3回、開館日にあわせて実施。自分たちで石棒や歴史を深く調べたからこそ、解説には力がこもります。 回を重ねるごとに「どうすれば面白さが伝わるか」を工夫し、自らの言葉で語る姿は、訪れる人の心を動かしました。
「お客さんの『へぇ~!』という反応が嬉しくて。駐車場がいっぱいになるほど多くの人が訪れてくれた景色を見たときは、本当にやってよかったと思いました」。
昨年5月に開催された「飛騨みやがわ考古民俗館開館30周年記念シンポジウム」では、これらの活動を町民や全国から訪れた研究者らに発表しました。
石棒が教えてくれた、4,000年前の息づかい
「石棒は宮川から富山などいろんな場所で見つかっています。4,000年前から地域を超えた交流があったことがすごい!」。
子どもたちが特に関心を持ったのは、施設のシンボル「石棒」の広がりでした。自分たちのまちのものが遠方で大切にされていた事実は、この地域の重要性を実感する発見となりました。
製作途中の資料にも注目し、「一つひとつ形が違う。どんな思いで作ったのか推測するのが面白い」と、先人の営みに深い敬意・関心を寄せています。
「この施設に実際に来て、見てほしい」こども学芸員の思い
「昔の人もここで同じように生きていたんだなと考えると面白い。過去の歴史が今とつながっている。これからも大切にしていきたい」。
活動を通じ、子どもたちの思いにも「確かな変化」が起きていました。活動の歩みの中で、「ここを案内する人がいなくなると、この場所の良さを伝える人もいなくなってしまう。」という切切な思いが生まれていました。
「飛騨みやがわ考古民俗館に実際に来て、この凄さを知ってほしい。知らないことや必ず興味が引くものがある施設。ぜひ探してみてください」。
欠片から想像する「ものづくり」のプロセスがイチオシ!
完成した石棒だけでなく、作っている途中のものや破片がたくさんあります。昔の人がどうやって石を削り、失敗し、工夫したのか…。
4,000年前のものづくりの現場を、ぜひ間近で観察してみてください。
施設では宮川小学校の子どもたちによるガイドが多数動画で観られます!
