事実を知る事の大切さ
皆さんは「穢れ」について知っていますか?
平安時代に『延喜式』という国の決まりがつくられ、人の死や、牛・馬などの死や出産、またその肉を食べることが穢れ(避けるべき不浄のもの)と記されていました。私たちは『延喜式』に反して、日頃から肉を食べていますが、その最中に「穢れ」のことを考えている人はほとんどいないでしょう。しかし、「穢れ」という考え方は今も私たちの生活の中に残っており、今もなお差別に苦しんでいる人たちがいるのも事実です。
それは、思い込みや迷信に左右され、いつの間にか差別や偏見を生み出したり、私たちの意識が薄く、無関心や傍観者であったりすることがあるからだと考えられます。
例えば、『夜に爪を切ってはいけない』という話を聞いたことはありませんか。それは「夜爪を切ると親の死に目に会えない」という迷信から、『夜爪』が「世詰め」を意味し短命に終わると言われています。
このような迷信は昔の人の考えや生活から生まれたものもありますが、今の私たちには科学的根拠のないものも少なくありません。
また、無関心についてマザー・テレサは「この世で最大の不幸は、人から見放され誰からも必要とされていないと感じること」と言葉を残しています。無関心は、差別が存在しても気づかないので、差別に加担し、最悪の場合、人の命を奪うこともあるのです。
人権問題を単なる社会制度の問題としてだけ捉えるのではなく、私たち一人一人の「意識」の問題として捉えることも大事なことです。部落問題をはじめとする人権問題を解消していくために、まずは当たり前だと思っている習慣や迷信について学習していくことで、その多くには根拠がないと気づくこともできます。
私たちの日常の中にある人権に興味や関心を持つ、その一歩が無関心や傍観者になることなく、事実を知ることにつながっていくのではないでしょうか。
著/筑前町人権・同和教育推進協議会
問合せ:人権・同和対策室 ☎ 42-6612
