世の中にはさまざまな仕事があり、ユニークな生き方をしている人がいます。おもしろい大人にインタビュー、図鑑にしていくコーナー。たくさんの大人から、元気と勇気、生きるヒントをもらってください。
「君たちは何でもできる!君たちは何にでもなれる!」
「笑顔もコミュ力もエース級!!」
| 名前(なまえ) | 八木 明広(やぎ あきひろ) |
|---|---|
| 生息地(せいそくち) | 室津志田(むろつしだ) |
| 年齢(ねんれい) | 51歳 |
| 職種(おしごと) | 山本技研 代表取締役社長 |
| 趣味(しゅみ) | ゴルフ・マラソン |
町の名物大会になりつつある「上関海峡ゆうやけマラソン大会」。発起人の八木明広さんにお話を伺いました。
■マラソンのきっかけは・・・
みかさん:八木さんは野球部のエースピッチャーのイメージが強くて、マラソンとの繋がりが…?
八木さん:実は40歳から走り始めたんよ。同級生の安田くんの奥さんの影響で。彼女がフルマラソンを走っていて勧められたんじゃけど、それがいきなり「下関海峡マラソンにエントリーしんさいね!」と。それでエントリーしたのが始まり(笑)
みかさん:なんと!いきなり大会とは!チャレンジャーですね!
八木さん:人生初のフルマラソンは、一応5時間を切れた。翌年は4時間7分…と練習を重ねて着々とタイムを縮めていたところでコロナが始まり、マラソンを休むことに。
みかさん:やっぱり変わらずスポーツマン、ストイックですね!でもそこからすぐに大会を起こすには繋がりませんよね?
■大会が起こるまで
▲ランナーとして様々な大会に参加
(左から下関海峡マラソン・サザンセト大島ロードレース)
八木さん:下関には海峡マラソン、中関(防府)には読売マラソンがある。それなら上関にもマラソン大会があってもええなと。自身もランナーである高島美登理さんと知り合い、山戸さん、小濱さんと4人で集まってマラソン大会をやろう!と話し合いが始まった。県内のマラソン大会を数多く立ち上げてきた専門家も紹介してもらい、構想から2年半の2023年、念願の第1回大会が開催できたんよ。
みかさん:何事も初めの一歩が難しい。想像できないくらい大変だったでしょうね。
八木さん:僕にはそもそも〝大変なことが面白い!〟という感覚があるかも。でも初年度はやっぱり大変じゃったね。資金もなくて大会募集のシステムを利用できず…結局全てが手作業でまじで大変じゃった。
八木さん:大会中も想定外のことが起こるしね。選手送迎のバスの運転手がたりないとか、間に合わないとか、荷物がどうのこうのって…(笑)それでも仲間とボランティアの皆さんでやり切ったよ!!現在はランネットのシステムで募集も簡単になり、昨年は800人超!今年はよりスムーズな運営の為、人数調整をするつもり。
■町をあげての名物大会に
みかさん:コースも様々で特徴がありますね。
八木さん:上関の自然を満喫してもらいたくて、特に上関大橋からの景色は外せない!。上盛山まで登るコースはめちゃキツイけど、そこから眺めも最高よ!自然豊かなコースに加え、温泉や美味しい食も揃ってるから、それらを大会に組み込んだ。各所の後援と協力によって参加賞には鳩子の湯の割引券、完走賞には道の駅のソフトクリーム無料券、また応援に来られた方々にも楽しんでいただける上関漁師めしバイキングも整えることができて、良い大会になっていると思う!
みかさん:トータルで喜んでもらえる仕組みが素晴らしいですね!
八木さん:参加者が喜んでくれるのはもちろんじゃけど、主催者側の我々も町の一体感が感じられていいよ!会社員時代には感じられなかった、自分が町に関わっている感覚かな。役場の職員さんも近くに感じられるようになったし、昨年は中学生もボランティアで入ってくれて色んなとこで活躍してくれて嬉しかったな!
■エースピッチャーから銀行マンへ そして現在は…
1975年八木家の長男として生まれ、少年野球時代はエースピッチャーとして県大会で優勝!「全日本学童軟式野球大会」で準優勝!という眩しい経歴。
みかさん:上関皇座強かったですよねね!中学時代は、宇部商業がスカウトに来たそうですね!
八木さん:そう、自分が知らん間に話が決まってたよ(笑)。野球に没頭した高校時代、部活引退後は将来を考えて大学進学を目指し、一浪して徳山大学(現周南公立大学)経済学部に進学。
みかさん:大学でも野球部に?
八木さん:いや、大学ではやらんかった。でも就活で「お前野球できるか?」「はい!」で、東山口信用金庫に入社(笑)。会社員になって再び野球部に入り、40歳まで選手。その後は監督もしたけど、これも本当に良い経験になったよ。
みかさん:同時に41歳で支店長に昇進し、仕事もバリバリですね。
八木さん:お客様の為に動けてお役に立てる銀行の営業は俺の天職!と思ってたよ。でも支店長はまた違うんよね。世代の異なる若い部下を育成するのも難しいし、会社の意向に沿わねばならないのも難しい。体制自体を変えたいけどそれもなかなか困難で…正直、中間管理職の苦悩を抱えてた。そんな時、ある女性社長さんから「うちの会社を手伝って!八木君は自由にすればいいんじゃけ!」と声をかけられて。
みかさん:それで山本技研の代表取締役社長に!すごい展開です!
八木さん:でも46歳で会社を辞めること、会社の今後や家族のことを考えたら悩んだよ…親にも驚かれたし(笑)。でも結果、今が楽しいね!
みかさん:思いっきりがいいですね!
八木さん:何かを選択するときに「ラクではなく苦しい方を選ぶ」というのがポリシー。で、なんとかなる!やれる!と信じる(笑)
みかさん:八木さんになんとかやれる力があるからでしょう!大会の今後の展望は?
八木さん:フルマラソン、トライアスロンもやっちゃうか?(笑)あと他にも誰かの「やりたい!」が町に出てきて、皆で新しいコトを起こせるといいよね。その受付窓口が役場にできると面白いと思うな。
■子どもたちにメッセージ
八木さん:毎日コツコツと積み重ねることはもちろん大切。同時に、失敗を恐れず色んな事にチャレンジすることも大切だぞ!自分の未来は自分で作るんだ!
【編集後記】
野球仕込みの半端ない胆力。そして会社員時代に培われた素晴らしいコミュニケーション力と統率力をお持ちの八木さん。自分で切り開いた第二の人生を明るく前向きに楽しまれている姿に、元気と勇気をいただきました!10年20年後の八木さんはどう変化しているか楽しみです!
(取材 林 美香)
