千年以上にわたり受け継がれている御嵩町の代表的な祭礼「御嵩薬師祭礼」をご紹介します。
この祭りは天下泰平・五穀豊穣を祈る祭礼で、毎年4月の第1日曜日におこなわれています。
今までは願興寺境内でおこなわれていましたが、現在、願興寺本堂の解体修理工事中のため、中山道みたけ館の駐車場に会場を移して開催しています。
■受け継がれてきた祭礼
祭礼は中世に中断しましたが、天文9年(1540)に再興、御嵩村(現在の御嵩町御嵩)と中村(現在の御嵩町中)の奉仕によって祭礼が再開されました。その後も断絶はあったようですが、近代では明治3年(1870)に中区単独で執行することで復興しました。
そして、これまで旧暦の2月10日におこなわれていた祭礼は4月1日に変更され、平成8年(1996)から4月の第1日曜日に開催しています。
御嵩薬師祭礼は昭和54年(1979)に岐阜県の重要無形民俗文化財に指定、同年に祭礼保存会も発足し、現在も全町の自治会の協力のもと継承されています。
■祭礼のはじまり
祭礼の歴史は古く、願興寺に伝わる史料『大寺記』によれば、長徳2年(996)2月7日、金色に輝く一寸八分の尊像が数千の小蟹に乗って尼ケ池から出現。この出来事にちなんで、長保元年(999)2月7日に創始する予定だったが、雨が続いたため2月10日の創始となったと記されています。
■祭礼の一連の流れ
御嵩公民館を出発した芸能役者たちは、会場に向かう道中、中山道みたけ館南の可児川にかかる木下橋という橋の上で笹垢離※をおこないます。
※長さ80cmほどの笹竹を川へ下ろし、水に浸して引き上げ、それを持って役者を清める儀式。
笹垢離を終えた一行は、願興寺へと進みます。そこで住職から、お祓いによるさらなるお清めを受けます。
お清めを受け、会場に到着した稚児や奏者は曳山という山車の演壇に登り、座に着きます。
参道には、媼(老女)のお面を付け赤い頭巾を被った蝿追が登場し、手に持った樒の小枝で疫病や災難などの厄払いのために来場者の頭を叩いて回ります。
続いて現れた獅子は蝿追とともに悪魔邪気を払い除ける舞を披露します。その由来は定かではありませんが、蝿追という名前は、蝿追が獅子をあやす所作が蝿を追うように見えることから付いたといわれています。
かつては、翁と媼の蝿追、雄と雌の獅子が出ていましたが、のちの戦乱や祭礼が中断していた空白期間もあってか、翁の蝿追と雄の獅子は姿を消し、現在は媼の蝿追と雌の獅子のみとなっています。
また、会場には曳山と大山という2つの山車が組み立てられていて、曳山の演壇では日光菩薩と月光菩薩を表わす稚児2名が舞い、9名の役者が笛・大太鼓・小太鼓・鼓で囃子を奏でます。
その奏楽は大寺拍子という独特の調べを持ち、優雅であり荘厳、東洋雅楽の粋を含んでいて、近隣の祭礼にはこれらを伝え学んだところが多かったといわれます。
そして大山では、作物に必要な雨や風が順調に吹き、農作物が豊かに実りますようにと祈り、龍が回ります。
■祭礼を保存伝承するために
祭礼保存会の皆さんをはじめ、関係者の皆さんのご尽力により、この祭礼は今日まで受け継がれてきました。
御嵩町を代表する祭礼を、これからも私たちの手で、大切に未来へ語り継いでいきましょう。
問い合わせ:
生涯学習課 文化振興係
担当:林・勝川
☎67-7500
