90年の記憶をたどる
今年10月、豊中市は市制施行90周年を迎えます。良好な住宅都市として発展し、教育や文化を大切にしながら歩んできた90年。そのまちの記憶を4カ月にわたり写真と年表で振り返ります。
豊中が「ひとつのまち」として動き出した時代。始まりの記憶をたどります。
市制施行 1936年
昭和11年に府下4番目の市として「豊中市」が誕生しました。

市庁舎の完成 1938年
昭和13年8月に完成した豊中市役所の庁舎。当時は現在の第二庁舎あたりに建てられました。

市章の制定 1939年
昭和14年に市章が制定。左側は「豊中町」の町章です。


独立開館した市立図書館 1945年
昭和20年3月に市役所内に開館。昭和22年に桜塚元町へ、昭和33年に岡町北へ移転しました。


イタミ・エアベース(旧大阪第二飛行場) 1945年
終戦後の昭和20~33年まで米軍基地としてアメリカ軍により管理されていました。

豊中空襲 1945年
昭和20年、数百におよぶ米軍機により、6度にわたる空襲を受けました。鉄道網や軍需工場だけでなく、市街地にも被害が広がり575人が犠牲となりました。

開業当時の庄内駅 1951年
駅周辺に住宅はなく、水田が広がり、島江や庄本の地域まで見通すことができました。

豊中のできごと
- 1936年(昭和11年) 豊中町・麻田村・桜井谷村、熊野田村が合併し、市制施行
- 1938年(昭和13年) 豊中市役所庁舎が完成、大阪第二飛行場が開港
- 1939年(昭和14年) 市章を制定、庄内村が庄内町へ
- 1942年(昭和17年) 大阪府豊中保健所を開所
- 1944年(昭和19年) 豊中市民病院を開設
- 1945年(昭和20年) 豊中空襲、大阪第二飛行場が米軍に接収「イタミ・エアベース」へ、市役所内に市立図書館を開設
- 1946年(昭和21年) 大阪府豊中消防署を開署
- 1947年(昭和22年) 中豊島村、南豊島村、小曽根村を編入、教育制度の改革により第一、第二、第三中学校を開校
- 1948年(昭和23年) 市消防署に消防本部を設置、市立図書館内に市立中央公民館を開設
- 1949年(昭和24年) 豊中商工会議所が設立、市議会事務局を設置
- 1950年(昭和25年) 日本初の「動く図書館」を開始
- 1951年(昭和26年) 広報紙「豊中市政だより」を創刊、京阪神急行電鉄宝塚線庄内駅が開業、豊中市社会福祉協議会が発足
- 1952年(昭和27年) 小学校で学校給食の提供を開始、市教育委員会を設置
- 1953年(昭和28年) 三島郡新田村の大字上新田を編入
- 1954年(昭和29年) 岡上の町に市立豊中病院を開院
- 1955年(昭和30年) 服部緑地が都市公園に指定、豊能郡庄内町を豊中市に編入。これにより現市域になる
- 1956年(昭和31年) 岡上の町に豊中郵便局が移転
- 1958年(昭和33年) 関西初のスーパー山二ストアーが三屋(庄内東町)に開店、イタミ・エアベースが全面返還。「大阪空港」として使用開始
- 1959年(昭和34年) 大阪空港が「大阪国際空港」と改称。第一種空港に指定
- 1961年(昭和36年) 安全都市宣言を表明、千里ニュータウン起工式、豊中市伊丹市ごみ焼却場組合を設立
- 1962年(昭和37年) 市役所第一庁舎と議会棟が完成、千里ニュータウン町びらき、豊中市・伊丹市清掃施設組合第1清掃工場(現豊中市伊丹市クリーンランド)が完成





