問合先
歴史資産課 内線番号 2422
すごいpoint
- 平安時代から記録に表れるとても古い荘園なんだ!
- 明智光秀の一族のルーツは明智荘である可能性が高いよ。
明智荘(広角撮影:明智城跡より)
平安時代から栄えた荘園
荘園とは、貴族や寺社が所有している土地のことをいいます。明智荘(明知荘)は、現在の可児市北東部から、御嵩町西部にかけて存在した荘園の名前です。明智荘は承暦2年(1078)の記録に登場しますので、今から約1000年前にはすでにあったことが分かります。これは、確認されている中では可児市内で最も古い荘園となります。
明智荘は、初めは藤原氏が所有し、その後、石清水八幡宮(京都府)の所有となりました。鎌倉時代の後期になると、各地で力を蓄えてきた武士たちが荘園を実質的に支配するようになっていきますが、明智荘も地元の武士たちが実質的な所有権を握っていったものと思われます。
明智光秀のルーツ
明智光秀公像(明智城跡)
はっきりとした記録は残っていませんが、西暦1340年代から「土岐」という名字の一族が明智荘に住み、明智と名乗るようになったようです。
これが「土岐明智氏」と呼ばれる一族であり、後に戦国武将・明智光秀が世に出ることになります。諸説あるものの、明智光秀のルーツは先祖が住んだ可児の明智荘であった可能性が高いでしょう。
※ 本記事は、「可児市のじまんとほこり2026」から、一部編集を加えて転載したものです。
