
秋になると矢勝川沿いを真っ赤に染める彼岸花。
半田を代表する秋の風景として、全国から多くの人が訪れます。
しかし、この景色は自然にできたものではありません。
童話「ごんぎつね」への愛着と、地域の人々の長年の活動が今の美しい風景をつくりあげています。
ごんぎつねの一節から始まった物語
「おひるがすぎると、ごんは、村の墓地へいって、六地蔵さんのかげにかくれていました。
―「ごんぎつね」より
いいお天気で、遠く向こうにはお城の屋根瓦が光っています。
墓地には、ひがん花が、赤い布のようにさきつづいていました。」
童話作家・新美南吉の代表作「ごんぎつね」。
作品の中にある「ひがん花が、赤い布のようにさきつづいて」という一節に描かれた風景を実際にこの地で再現したい――。
そんな地域の一人の想いから、彼岸花の植栽活動が始まりました。
一人の想いから、ふるさとの景色に
最初に彼岸花の植栽をはじめたのは、半田市岩滑に生まれ育ち、新美南吉顕彰会の広報部長だった小栗大造さん。
小栗さんは、ある時ふと思い立ち、童話「ごんぎつね」の一節の「ひがん花が、赤い布のようにさきつづいて」いる風景を、南吉がよく散歩した矢勝川の堤につくろう、と活動を始めました。
一人から始まった植栽は、やがて岩滑の人々へ、子どもたちへ、地域の企業や行政へと広がっていきました。
現在の約300万本にまで拡大した彼岸花の風景は、地域の人の手と想いによって守り受け継がれてきたものです。

| 1990年 | 小栗大造さんを中心に彼岸花の植栽 |
| 1992~1994年 | 3年間で計50万球の彼岸花の球根を植える |
| 1995年 | 小栗大造氏を初代会長に「矢勝川の環境を守る会」発足 彼岸花100万本達成 |
| 2000年 | 彼岸花200万本達成 |
| 2005年 | 彼岸花300万本達成 |
| 2016年 | 「矢勝川の環境を守る会」から「矢勝川の彼岸花を守る会」に改称 |
| 2019年 | 「矢勝川の彼岸花を守る会」休会 「NPO法人 ごんのふるさとネットワーク」が活動を引き継ぐ |
| 2025年 | 「矢勝川の彼岸花を守る会」休会 |
| 矢勝川の彼岸花を守る会(旧:矢勝川の環境を守る会) 地元有志らで「童話の里づくり」を合言葉に1995年に発足。「ごんぎつね」に登場する矢勝川沿いの景観美化に取り組み、2019年には「矢勝川の環境を守る会」から「矢勝川の彼岸花を守る会」に改称。高齢化による担い手不足により2025年をもって休会。 | NPO法人 ごんのふるさとネットワーク 新美南吉の想いである「人と人が支え合い、調和する世界」に共感する人々を繋げ、新たな地域資源の発掘や保全、活用を行う。「矢勝川の彼岸花を守る会」から彼岸花植栽事業を受け継ぎ、童話の里の風景とその想いを未来に継いでいくために活動中。 |


守り続ける ふるさとの景色
風景は、ただ守ろうと思うだけでは守り続けられません。
300万本の彼岸花も、美しく咲かせるためには、草刈りや補植など一年を通じた地道な管理が必要です。
綺麗に咲かせるために、地域の人々が力を合わせて活動を続けています。
次代を担う子どもたちも植栽活動に参加
彼岸花の球根を植える活動には、地域の子どもたちも参加しています。
「芽の方を上にして植えるんだよ」という説明を聞きながら、小さな手で球根をひとつひとつ土に植えていきます。


想いをつなぎ、未来へ
真っ赤な彼岸花が咲き誇る矢勝川の風景は、決して自然に生まれたものではありません。
長年にわたり汗を流してきた地域の人たちと、その想いを受け継ぐ人たちが、少しずつ手を重ねて守り続けてきた景色です。
長年彼岸花の植栽に携わり、今もなお活動している松本勉さんと、そのバトンを受け継ぐNPO法人ごんのふるさとネットワークの榊原さんに、これまでの歩みと未来への想いを聞きました。
「来てよかった」と思ってもらえる景色を残したい

松本 勉さん
結婚を機に、妻の故郷である岩滑へ移住。新美南吉の生家管理に携わるとともに、長年にわたり矢勝川の彼岸花の植栽や管理に携わる。矢勝川の彼岸花を守る会元会員。
松本さんが活動を始めたきっかけは、サイクリングロード沿いに咲き誇っていたキリシマツツジだった。
「もう一度、あの景色を取り戻したい」その思いから、矢勝川沿いへの花の植栽を始めた。
しかし植栽をするには県などへの申請が必要で、許可を得るまでには多くの苦労があった。
ようやく植栽を始めると、地域の人たちが「うちの庭に球根があるよ」「竹やぶの中にたくさん球根があるから持っていきな」と次々に声を掛けてくれた。
球根が植わっているところの草を刈り、一つひとつ球根を掘り起こし、軽トラックで運び、選別し、また植える。その作業を何度も何度も繰り返してきた。
現在も草刈りや球根の植え替えを続ける松本さん。しかし、活動を支えてきた人たちの高齢化が進み、管理は年々難しくなっている。 それでも、「一人ではできないことだからこそ、みんなで守っていくことが大切」と語る。
今年、3年ぶりに行われた地元の子どもたちによる植栽活動も、松本さんの声かけがきっかけだという。
何万株もの球根を地元の方から譲ってもらえる機会があり、地元の子どもたちとの植栽活動を復活させたいという想いから、活動を呼びかけた。その準備をしたのも松本さん。
子どもたちが植栽した球根が今年の秋に咲くよう、大きい球根を選別し、一度仮り植えして更に大きくしたうえで、また掘り上げて子どもたちに提供した。
「球根を植えた子どもたちが『秋になったら見に行く』と言ってくれた。うれしかった。」
「来てよかった」「きれいだったね」その一言を聞くために、今日も松本さんは矢勝川へ向かう。
景色だけでなく、活動する人の姿も未来へ

榊原 宏さん
2015年、NPO法人ごんのふるさとネットワークの設立に発起人の一人として携わる。現在、同法人事務局を務める。
18年前から矢勝川の活動に携わっている榊原さんは、彼岸花の景色を守るために活動を続けてきた人たちの姿も、この場所の魅力だと話す。
「昔から矢勝川では、地域の方々が朝から晩まで活動し、いろいろな人と関わりながら、自然と人の輪ができていました。その姿がいつも笑顔で楽しそうで、その楽しさが周りにも伝わっていく。そこが、この活動のすごいところだと思います。」
一方で、約300万本の彼岸花を維持していくことは決して簡単ではない。球根は年月とともに弱り、植え替えや草刈りなど、地道な作業が欠かせない。
だからこそ榊原さんは、「大変な活動」を「みんなで続けられる活動」にしてつなげていきたいと考えている。
「活動に賛同してくれる人や応援してくれる人は少しずつ増えています。みんなの力で支え合って続けていく。そんな形をつくっていきたいです」
保育園児や小学生が球根を植える姿を見守る地域の人たちの笑顔も、その未来につながる景色の一つだという。
「岩滑のみなさんが30年以上かけて守り、育ててきたこの景色は、今では半田を代表する大切な風景になっています。彼岸花の景色だけでなく、そこに集い、関わる人たちの姿も含めて矢勝川の魅力だと思います。この景色と活動を、もっと多くの人と一緒に未来へつないでいきたいです。」
想いが重なって生まれる景色
矢勝川の彼岸花は、一人の力で咲いているわけではない。
きっかけをつくった人、その想いに共感して活動に参画した人、それにより生まれた景色を見てきれいだなと思い球根を自宅に植えた人、その球根を矢勝川に植える子どもたち、多くの人の想いが少しずつ重なり、今の風景が受け継がれてきた。
今年もまた、新たな世代が球根を植え、秋には真っ赤な花が咲く。
その一輪一輪には、未来へつながる誰かの想いが込められている。